アイドル、アイドル、アイドル

アイドルを推すことに向いていない。

絶望的に向いていない。

推した人はみんないなくなる。

 

ハロプロ研修生のなかで一番贔屓にしていた子が研修期間を終了した。

つまり、デビューできずにやめてしまったということだ。

その子は努力の塊のような人だった。

私はその子のことを声優の梅原裕一郎に顔が似ているなという理由で認識し始めたのだけど、彼女は梅原とは正反対ともいえる可愛らしい声をしていた。

梅原に特に思い入れはないが、今の仮面ライダーの主人公も梅原に似ているので小池徹平系列の美形の顔立ちとしてまあ好きな部類である。

つまり彼女の顔も好きだった。

あと声が可愛かった。

歌が上手かった。

笑顔が可愛かった。

ギャグは、よくわからなかったけど可愛かった。

アテレコが上手かった。

なにより、頑張っていた。

 

頑張る人が好きだ。

私は圧倒的に頑張れない人で、頑張っている人を見て私も頑張ろう!とか、簡単には思えないけど、せめて人間っぽい風に生きようとかそういう気持ちになる。

アイドルを見るとそういう気持ちになるから、アイドルが好きだ。

明日も生きていこうと思える。

朝、仕方ないから起きようと布団を手放すことができる。

そういう力がアイドルにはある。

 

彼女を見ていると、この子が報われなくて誰が、という気持ちになった。

でも、確かに努力だけじゃ語れない世界なのもわかる。

体調不良で欠席した実力診断テストも、こうなると本当に体調不良だったのか?という話になる。

もしかしたら、出られなかったことが引き金になってしまったのかもしれない。

いま開催しているオーディションが関係しているかもしれない。

決断には色んな要因があって、特に今後の人生を考える時期にはそれが多いと思う。

彼女が今後、あの時こうしていればとか思わなければ私はそれでいい。

私はただ見ていた人だから、こうして打ちひしがれてしまってもそれは彼女の責任ではない。

私がどうしようもなく、自律性がないだけだ。

自分が生きていけないのをずっと年下の子に責任転嫁しようったってそれはいけない。

 

デビューしていない子のことをアイドルと言うのか?という疑問は、

「アイドルとしてデビュー」とか「アイドルになりたい」とかの言葉からすると

デビュー前はアイドルではないのかなと思うけど、ハロプロ研修生がアイドルではないと言うとそれは違うような気がした。

ステージに立って歌って踊って客を集めて笑顔にさせているのだから、それはもうアイドルだと思う。

だから、いつも研修生が研修を終える時に発表会のお知らせとともに一文で事実だけ書かれていることが、どうしようもなくつらい。

その子の気持ちを知る機会もなく、ただ次回は出ない、もう会えないのだとあっさりした風に書かれていることが。

確かにデビューできなかった。

でも、ファンがいたじゃないか。

それでもそういう人たちに対して未練とか、そういうのは抱かなくてもいいと彼女たちには願う。

言われなくても忘れるよと言うのならそれでいいし、とにかく枷にだけはなりたくないのだ。

そのうえで、その心算を、デビュー出来ていたら知り得たであろう気持ちの想像をしてしまう。

 

デビューとは、ものすごいことだ。

ハロプロ研修生を長くやっていた加賀楓ちゃんがモーニング娘。に選ばれたときに散々ファンの人が綴っていたけれど、とにかくデビューというのはそれだけですごい。

専用の衣装が与えられる。オフィシャルショップに写真が並ぶ。メンバーカラーが与えられる。マイクに色がつく。ソロアングルDVDが出る。バースデーイベントがある。

夢のようだ。

私の贔屓の子は、加賀楓ちゃんに憧れていた。

加賀ちゃんは努力の人だからとてもわかる。

そのうえで、今までハロプロ研修生にあった暗黙のルール

『研修生の後輩がデビューしたユニットには入れない』

を打破した存在であるから、さらに希望となっただろう。

こう思うのは、私がそれを支えにしてきたらだけど、実際研修生オタクの一条の光だった。

そこに段原瑠々ちゃんも続いたから、余計に期待していた。

 

前回のハロプロ全体のオーディションで研修生に入った子の中で一番目を引いた子は、真っ先にやめてしまった。

交通の便が悪すぎたのか、はたまた別の理由があったのかはわからない。

ただ落ち込んだし、私が気に入るとなにかしら起こるのか?と思わずにいられなかった。

なにせ、ハロプロの推しメンバーは各ユニットに一人二人いるけれど、そのうち四人は卒業、四人が病気や怪我。

疫病神としか思えない。

それでも彼女たちが魅力的だからつい好きになるし、ペンライトを振るし、写真を買うし、タオルを買う。

メンバーカラーで身を包むことができるのは、デビューしたメンバーのためにしか出来ない推し事だ。

その人の色を身に纏うことで強くなれる気がするし、なんだか誇らしく思えてくる。

誰かのファンである事実が自分のアイデンティティになっているのかもしれない。

だって、その人を好きになる前の自分の気持ちが思い出せない。

どうしてその人に気付かず生活できていたのかわからない。

 

私のアイドル観はHello!projectと5次元アイドル応援プロジェクト ドリフェス!によって作られている。

ハロプロを好きでいるなかで疑問に思って、考えて、これが私の中の暫定の答えかな?というのに対して

じゃあこうした時どう思う?とか、それってつまり、こうだよね?とか、優しく教えてくれたのがドリフェス!だ。

ドリフェス!はとにかく優しい。

いろんなアイドルを否定しない。

アニメ「ドリフェス!」はアイドル賛歌であり、ドルオタ賛歌であった。

アイドルがいてよかった、アイドルオタクでよかった。

そう心から思える優しいアニメだ。

だからドリフェス!を好きでいるためにハロプロオタクの自分を否定する必要は全くないし、むしろハロプロの良いところがまた見えてきた。

なんて素晴らしいことだろう。

アイドル以外の好きなものを好きでいることもドリフェス!は否定しない。

それはドリフェス!が愛の物語であるからだし、その愛が自分から遠いものではなく、アイドルに注ぐ愛であったりアイドルから振り撒かれる愛であったり、すぐそばにあるものだからである。

ただ推しがいて、推しがどんな髪型なのかわかって、推しが昨日なに食べたのか教えてくれる。

じゃあ今日か明日それ食べようかな、私も髪切ろうかな、天気が良いから推し散歩してるかな。

そういう愛に気付かせてくれた。

 

ハロプロ研修生にも、ブログがあるのだ。

それはツアー日記というもので、Hello!project全体のコンサートの時期やユニットに帯同するコンサートがある時期、発表会のある時期に活発に更新される。

私の贔屓の日記を初めて読んだときは衝撃だった。

普通、アイドルのブログというと想像するのが、今日食べたもの、今日のレッスンでの一コマ、仲のいい子の写真と紹介。(余談だが、研修生の写真はお花で飾られがち。)

それが、彼女はひたすらに反省点をつらつらと書いていた。

デビューしていたらこうはいかないと思う。

実際、私の好きなモーニング娘。'18 尾形春水ちゃんは弱音を一切吐かずあっけらかんとしているところが魅力的だと思っている。

デビューしたからには辛いところはそう簡単には見せられないし、そういうドラマありきで見られるようではプロではない。

でも、デビューしていないメンバーが日々どうやって研鑽を重ねているかはどれだけ見せたっていい。

みんなオーディション映像とか好きでしょう。

こんなにいっぱいいっぱいだったのに、こんなに立派になって。

そういう時のために、泥臭い過去はある程度必要かもしれない。

それがハロプロ研修生であるならば尚更。

オーディションからくるシンデレラガールとの対比で、叩き上げとしての印象づけが最初からされるのは賭けにもなるけれど、覚えられやすいのは間違いない。

それは本人発信でなくても起こることで、そのなかで周りの期待と戦っているのが加賀楓ちゃんや段原瑠々ちゃんだ。

 

推しを作るのが辛い。

作ろうとしなくても、いつのまにか写真を買っているしペンライトの色がその子になっている。

そしていなくなってしまう。

つらすぎる。

健康でいてほしい、目に見える場所にいてほしい、応援させてほしい、歌を聞かせてほしい、お話をしてほしい。

大森靖子さんの歌詞に「なにを食べたとか街の匂いとか全部教えて」ってあるけれど、道重さゆみさんのブログはそういうところがオタクの心をわかっていてすごい。

シールが好きとか、ポケモンがどうとか、くら寿司で何皿食べたとか、アイドルのちょっとしたことが全部宝物で、全部が好きの源になる。

 

カントリー・ガールズ稲場愛香ちゃんが戻ってきた時は、心底嬉しかった。

喘息がひどく休養をしていて、しかしユニットに戻ることが叶わず卒業してしまった。

そのことから囁かれた色々な憶測をはねのけて、やっぱりまなかんはハロプロが好きなんだ、アイドルなんだと信じていいと、好きでいることを許してもらえたことが嬉しかった。

 

アイドルを好きでいることに許可がいるかというと、私はいる、と思う。

いやアイドルなんだから好きになってほしいはず、とか、そんな風に思えない。

私が好きになると、なんらかの災厄が降り注ぐから。

だからなにが起きても大丈夫そうな人が好きだし、つらいところを見せない人は気楽に好きでいられた。

オタクを許す姿勢の人にも惹かれた。

そのなかで、絶対に色々考えているのに飄々としている尾形春水ちゃんは心を掴まれずにいられなかったし、まずお披露目から一目惚れした。

尾形春水ちゃんをはじめ12期メンバーのオタクになったし、牧野真莉愛ちゃんは地元出身ということでだいぶ贔屓したし写真もたくさん買った。

ただ私が真莉愛ちゃんを好きだということが真莉愛ちゃんになんらかの不幸をもたらさないかと不安だから、間違っても推し変とかはできないのだ。

そうでなくても、尾形の卒業を乗り越えられる自信がない。

ただモーニング娘。は元から好きだから、見れなくなるとかそういうことはないけれど。

6月20日を終えた私が想像できないというのが正直な気持ちだ。

 

そしてドリフェス!ファイナルステージと銘打たれた10月21日のあとの自分はさらに想像がつかない。

生きているのだろうか?

もう誰も失いたくない。

そばにいてほしい。

ドリフェス!はずっと一緒だよと言ってくれた。

なのにどうしてだろう?

やっぱり、リズムゲームアプリの中国版リリースに合わせて移住するべきだろうか。

遠い話しかできない。明日のことがわからない。

時空を超えて宇宙を超えて、最高を超えた先には愛があるはずなのに、その愛の使い道が全くわからない。

私は誰を愛すればいいのだろう。

誰なら愛してもいいのだろう。

10月21日よりあとになにも予定が入っていないから、やっぱり武道館から身投げするんだろうか。

もう武道館が嫌いである。

どうしてみんな武道館で卒業するんだろう、あんな狭い、音響の悪いところで。

もうすっかり武道館=私の墓場である。

武道館に行きたくない。

でも、どっちの武道館コンサートも世界一美しくてかっこよくて可愛くて大好きなコンサートになることは間違いないから、そういうコンサートができる人たちだから、絶対に行きたい。

尾形春水ちゃんの武道館は、仕事で行けないけど。

ライブビューイングする映画館が私の武道館であり、死に場所であり、未知の領域である。

さぁどんな挑戦を受けるか?

そんな強気にはなれないけど、でもいなくなってしまうならせめて最後の時まで目に焼き付けたい。

デビューしているから、卒業できる。

卒業するから、手紙を読んだりメンバーからのコメントがある。

 

アンコールで出てくる尾形はどんなドレスを着ているだろう?

ダブルアンコールできっとやるえいえいおがたは、尾形のこれからの人生を応援させてくれる言葉なんだろうか。

応援したい。もう見知らぬ人になってしまうかもしれないけど、知ってしまったから、これからの人生の幸せを祈りたい。

せめてそれくらいは許してほしい。

でもできることなら、目の届く場所にこの綺麗な人がいてくれたら嬉しいし、ファンでいることができるならそれはまた嬉しい。

そんな欲張りを言っても、結局は健康でいてくれればそれでいい。

一介のファンのことなんか知らないまま、元気に生きていてほしい。

そうすることで私は疫病神じゃないと思えるし、好きになった人に引け目も感じずにいられる。だから幸せになってほしい。

楽しい時間をありがとう。

人生をありがとう。

いつも可愛くいてくれてありがとう。

 

アイドルを見てポジティブな気分になるどころかネガティブになっているけれど、それでもアイドルに生かされているから、向いてなくともアイドルなしじゃ生きられない。

アイドルは生きがいで、指標で、明日の活力だ。

どうか私からアイドルを取り上げないでほしい。

愛させてほしい。

けどやっぱり、アイドルが健康であることが一番いいと思う。

精神的にも、身体的にも、元気でいてください。

たった一文で記された研修終了でもう会えないけれど、最後に見た顔もあまり思い出せないけれど、彼女は、井上ひかるちゃんはアイドルだった。

アイドルも、アイドルだった人も、どうか幸せになってください。

オタクにはそれだけが救いです。

人生のなかの大切な一瞬一瞬を見せてくれてありがとうございました。

 

 

https://youtu.be/oN7Y4EBOvGs